賃貸アパートの売却を考えたとき、「ローンを返したら手元はいくらか」「購入から5年たてば税率は下がるのか」で迷うことがあります。結論として、個人の不動産売却では、取得費と売却費用を差し引いて利益を計算し、売却した年の1月1日時点の所有期間で税率を判定します。この記事では、その計算と資料のそろえ方を整理します。
この記事は「不動産の税金の連載|大家さん・資産管理会社・不動産会社」の第12回です。
まず、個人の売却か法人の売却かを分ける
譲渡所得とは、土地や建物などの資産を売って生じる所得です。個人が保有する賃貸アパートや駐車場の土地を売った場合は、原則として、この譲渡所得を計算します。家賃収入と同じ不動産所得に売却代金を足すわけではありません。
個人の土地・建物の譲渡所得は、他の所得と分けて税額を計算する「分離課税」の対象です。個人事業の利益が多い年でも、通常の事業所得の累進税率を、そのまま売却益に掛ける仕組みではありません。基本は国税庁「譲渡所得(土地や建物を譲渡したとき)」で確認できます。
一方、資産管理会社などの法人が所有する物件の売却は、法人の所得計算に含めます。法人税では、税務上の収益である「益金」から、税務上の費用・損失である「損金」を差し引きます。後で示す個人の長期・短期の税率表は、法人の売却益には使いません。
また、個人でも、不動産売買業の商品として持つ「販売用不動産」は、通常の保有物件の譲渡と分けて検討します。事業用の商品などの棚卸資産の売却は、譲渡所得の対象外です。最初に、売主と物件の保有目的を確認しましょう。
法人の販売用不動産や消費税の整理は、不動産業(法人)の税務・経費・節税|販売用不動産・消費税の課税区分を税理士が解説で扱っています。ここからは、個人が保有する賃貸物件などの売却を中心に説明します。
売却益は「売値からローンを引いた額」ではない
課税される利益の基本式は、次のとおりです。取得費とは物件の購入などに要した費用、譲渡費用とは売却に直接かかった費用をいいます。
課税譲渡所得金額=収入金額-(取得費+譲渡費用)-適用できる特別控除額
収入金額は通常、売却の対価として受け取る金額です。買主から受け取る固定資産税・都市計画税の未経過分の精算金も、譲渡価額に含めます。契約書に書かれた物件価格だけでなく、決済時の精算書も照合してください。
借入金の元本返済は、この式の控除項目ではありません。購入費用は取得費の計算に反映されますが、その購入に使ったローンの残高を、売却時にもう一度差し引くことはできません。借入残高が大きく、売却後に現金があまり残らなくても、課税される利益が出ることがあります。
売却の判断資料は、「税金の計算」と「手残りの計算」を分けると整理できます。手残りを見る表には、売却代金、売却時の支払い、借入金の返済、納税に充てる資金を並べます。税額の見込みが固まる前に、決済後の残金を全額、次の投資に使う計画にはしない方がよいでしょう。
特別控除も、自動的に使えるものではありません。通常の賃貸物件の売却で、マイホーム向けの控除を前提に試算すると、納税資金の見込みがずれます。まず特例を使わない基本計算を置き、物件の利用履歴などから適用の余地を確認します。
取得費と譲渡費用は、資料で積み上げる
建物の取得費は、購入当時の金額のままではない
取得費には、購入代金や建築代金、購入時の仲介手数料のほか、設備費や改良費などが含まれます。ただし、建物は、購入・建築に要した金額などから所有期間中の減価償却費相当額を差し引きます。減価償却とは、建物などの取得費用を使用期間に応じて配分する処理です。
そのため、「買ったときより安く売ったから利益はない」とは限りません。賃貸中の減価償却によって建物の取得費が減っていれば、購入時の価格を下回る売値でも譲渡益が生じます。購入時の売買契約書だけでなく、確定申告に使った減価償却明細や固定資産台帳も必要です。
土地と建物を一括で買った場合は、契約書などで内訳を確認します。総額だけを使って計算を進めず、建物の取得価額と減価償却の記録を対応させてください。賃貸中の経費や減価償却の基本は、大家・不動産オーナーの確定申告と節税|不動産所得・減価償却・青色申告を税理士が解説にまとめています。
過去の申告で必要経費にした費用を、取得費へ重ねて加えないことも大切です。とくに賃貸物件の取得時の税金・登記費用は、私用の不動産と同じ扱いだと決めつけず、当時の帳簿と申告内容を確認します。
売却費用は、支払った目的を確認する
売却時の仲介手数料や売主負担の印紙税などは、譲渡費用に当たります。測量費や、土地を売るための建物の取壊し費用なども、売却との関係を整理して判定します。一方、修繕費や固定資産税など、物件の維持・管理の費用は譲渡費用にはなりません。
支払日が売却の直前であることだけでは判定できません。請求書の名目に加え、何のための支出かを説明できる資料を残しましょう。取得時、保有中、売却時の費用を分けて一覧にすると、計上漏れと重複を見つけやすくなります。
購入資料が見つからない場合
取得費が不明な場合などには、売却収入の5%を「概算取得費」とする方法があります。実際の取得費が売却収入の5%を下回る場合にも使えます。ただし、これは利益を売却収入の5%にする制度ではなく、差し引ける取得費を5%とする扱いです。
購入費用が大きかった物件では、資料を確認せずに概算取得費を使うと、計算上の利益が大きくなることがあります。契約書、購入時の精算書、仲介会社との書類、過去の申告控えなどを探し、実額を確認できるか検討しましょう。相続物件なら、亡くなった方が保管していた購入資料も調査の対象です。
「5年」は売却した年の1月1日で判定する
個人の土地・建物の譲渡所得は、所有期間によって長期と短期に分かれます。基準日は売却日ではなく、売却した年の1月1日です。その時点で所有期間が5年を超えると長期、5年以下なら短期になります。「5年以上」ではなく「5年超」という区切りにも注意してください。
通常の税率は次のとおりです。2026年10月時点の制度で、軽減税率などの特例を適用しない場合を示しています。
| 比較項目 | 長期譲渡所得 | 短期譲渡所得 |
|---|---|---|
| 売却年の1月1日の所有期間 | 5年超 | 5年以下 |
| 所得税率 | 15% | 30% |
| 復興特別所得税の上乗せ | 所得税額の2.1% | 所得税額の2.1% |
| 住民税率 | 5% | 9% |
| 合計税率 | 20.315% | 39.63% |
合計税率は、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせたものです。売却代金全体ではなく、控除後の課税譲渡所得金額に掛けます。税率と区分の根拠は、国税庁の長期譲渡所得の税額の計算と短期譲渡所得の税額の計算です。
次は説明のための架空の例です。2021年6月に取得した土地と建物を、2026年11月に売却するものとします。売却日までには5年を超えていますが、2026年1月1日時点では5年以下なので短期です。同じ物件を2027年中に売却するなら、2027年1月1日時点で5年を超えるため長期になります。
土地を買ってから建物を建てた場合などは、それぞれの取得時期を確認します。物件全体をひとまとめにして、土地の購入日だけで判定しないようにしましょう。売却時期を比較する際は、税率差に加え、保有中の収支、修繕予定、売値の変動も並べて判断することが大切です。
架空の例で、売却益と税額を計算する
次は説明のための架空の例です。個人が持つ賃貸物件について、長期譲渡に該当し、特別控除や軽減税率は使わない前提で考えます。税率は2026年10月時点のものを使い、他の所得や所得控除との調整は考慮しない単純な試算です。
- 売却収入:4,000万円
- 取得費:2,500万円。建物の減価償却費相当額を控除した後の金額です。
- 譲渡費用:200万円
課税譲渡所得金額は、4,000万円-2,500万円-200万円=1,300万円です。この例の所得税は195万円、復興特別所得税は4万950円、住民税は65万円となり、合計は264万950円です。
ここで重要なのは、取得費2,500万円が購入時の総額ではない点です。建物の減価償却費相当額を控除する前の金額を入れると、利益と税額を過少に見積もります。また、借入金の返済があっても、この譲渡益の計算は変わりません。
この試算表を実際の売却計画に使うなら、根拠資料の欄を設けてください。売却収入には売却側の精算書、取得費には購入契約書と償却明細、譲渡費用には請求書を対応させます。見込み額と確定額を分けておくと、条件変更による税額の増減も追いやすくなります。
売却前のチェックリストと、赤字の場合の注意点
売却条件を固める前に、次の項目を自社・ご自身で確認しましょう。資料が不足している項目には、そのまま推定額を入れず、未確認と表示しておくと判断の前提が明確になります。
- 売主は個人か法人か。賃貸用の保有物件か、販売用の商品か。
- 土地と建物の取得日を、それぞれ確認できるか。
- 購入時の契約書・精算書と、土地・建物の価格の内訳がそろっているか。
- 過去の減価償却明細と固定資産台帳がつながっているか。
- 売却費用の請求書があり、維持管理費と分けられているか。
- 売却収入に含める精算金と、借入金の返済額を区別しているか。
- 相続・贈与で取得した場合、以前の所有者の購入資料を確認したか。
- 納税資金を含めた売却後の資金繰りを試算したか。
売却損が出る場合も、事業全体の赤字と同じようには扱えません。個人の土地・建物の譲渡損失は、他の土地・建物の譲渡所得から控除できますが、残った損失は原則として事業所得などと相殺できません。この所得間の相殺を「損益通算」といいます。
したがって、賃貸物件の売却損を、そのまま家賃収入の黒字と相殺できる前提にはしないでください。居住用財産の損失には一定の特例がありますが、通常の投資用物件と同じ扱いではありません。利益が出る場合だけでなく、損失が見込まれる場合も、売却前の試算が役立ちます。
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まとめ
個人の不動産売却では、売却収入から取得費と譲渡費用を差し引き、適用できる特別控除を反映して利益を計算します。建物の取得費は減価償却費相当額を控除し、ローン返済後の手残りとは分けて考えます。長期・短期の境目は、売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えるかどうかです。売主の区分と取得資料を確認し、税額と資金繰りを並べて売却条件を検討しましょう。
よくある質問
Q. 購入から丸5年たった日に売れば、長期になりますか?
その日だけでは判断できません。売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えている必要があります。年の途中で購入から5年を迎えても、その年の売却は短期となる場合があります。購入した年だけでなく、取得日と売却年の組合せを確認してください。
Q. 相続した直後に売ると、短期譲渡になりますか?
相続してからの日数だけでは決まりません。原則として、亡くなった方の取得時期を引き継いで所有期間を判定します。取得費も、その方の購入代金などを基に計算します。相続時の評価額を、そのまま売却時の取得費に置き換えるわけではありません。また、相続税を納めた人が、相続した不動産を相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売った場合には、相続税額のうち一定額を取得費に加算できる「取得費加算の特例」があります。適用には、計算明細書などの書類を添えた確定申告が必要です。
Q. 資産管理会社が売却する場合も、長期の税率を使えますか?
この記事の長期・短期の税率は、個人の土地・建物の譲渡所得に関するものです。法人所有の物件は、売却を含む法人全体の所得を基に法人税などを検討します。管理を会社に委託している場合も、物件を所有する売主が誰かを確認してから計算してください。
この記事は公認会計士・税理士の鳥羽卓朗が監修しています。
最終更新日: 2026年10月19日
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