「従業員の給与を上げたいが、人件費の負担増が重い」「賃上げ促進税制という制度があるらしいが、自社の決算でどこまで使えるのか分からない」。年商5,000万円〜3億円規模の中小企業経営者から、近年とくに多く寄せられる相談です。賃上げ促進税制は、前年度より給与等の支給額を増やした中小企業が、その増加額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から直接差し引ける制度で、使いこなせば賃上げの実質コストを大きく下げられます。たとえば給与総額3,000万円の会社が2.5%(75万円)賃上げすれば、増加額75万円×30%=22.5万円を法人税から差し引ける計算です(法人税額の20%が上限)。
ただし、この制度は年度ごとに要件・控除率が動く「生もの」です。令和8年度税制改正により、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは教育訓練費の上乗せが廃止され、中小企業の最大控除率は45%から35%になりました。本記事では、2026年9月時点で有効な中小企業向け賃上げ促進税制の中身を、控除率・上乗せ要件・法人税額20%の上限・令和6年度改正で新設された5年繰越措置まで、国税庁・中小企業庁の一次情報に基づいて決算期別に整理します。
賃上げ促進税制とは|中小企業向けの基本構造
賃上げ促進税制とは、青色申告書を提出する中小企業者等が、一定の要件を満たして前年度より雇用者給与等支給額(=役員等を除く全従業員に支払う給与の総額)を増やした場合に、その増加額に控除率を掛けた金額を、その事業年度の法人税額から控除(差し引き)できる制度です。所得控除(経費を増やす仕組み)ではなく、税額そのものを直接減らす「税額控除」である点が、賃上げ促進税制の最大のメリットといえます。
対象となる「中小企業者等」とは
中小企業者等とは、おおむね次のいずれかに該当する法人・個人を指します。
- 資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人(一定の大規模法人の子会社等を除く)
- 資本または出資を有しない法人のうち常時使用従業員数が1,000人以下の法人
- 常時使用従業員数が1,000人以下の個人事業主
なお、青色申告書を提出していることが前提です。中小企業者等に当たらない企業は「中堅企業向け」(常時使用する従業員2,000人以下)の区分となり、控除率や要件が異なります(「全法人向け」の措置は2026年3月31日をもって廃止)。本記事では中小企業者等に絞って解説します。
適用対象期間
中小企業向け賃上げ促進税制(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)は、国税庁の公式情報によれば「平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度」が適用対象とされています。令和6年度税制改正で内容が拡充された現行制度は、2024年(令和6年)4月1日から2027年(令和9年)3月31日までの間に開始する各事業年度に適用されます。
つまり3月決算法人であれば、2025年3月期(2024年4月開始)・2026年3月期(2025年4月開始)・2027年3月期(2026年4月開始)の3期分が対象になる計算です。令和8年度改正でも、中小企業向け措置のこの適用期間は変わっていません。2027年4月以後に開始する事業年度の取り扱いは、今後の税制改正で示されることになります。自社の決算期がこの期間のどこに位置するかを最初に確認してください。
中小企業の控除率と上乗せ要件|最大35%(2026年3月以前開始は45%)
中小企業向け賃上げ促進税制の控除率は、「基本の控除率」に「上乗せ(加算)」を積み上げる構造になっています。2026年4月1日以後に開始する事業年度では最大35%、それ以前に開始した事業年度では最大45%が、給与等支給増加額に対する控除率の上限です。
必須要件(基本の控除率)
基本となるのは、雇用者給与等支給額が前年度より増えているかという「賃上げ率」の要件です。国税庁の公式区分では次のように整理されています。
| 賃上げ率(前年度比) | 控除率 | 区分 |
|---|---|---|
| +1.5%以上 | 控除対象雇用者給与等支給増加額の15% | 必須要件 |
| +2.5%以上 | 上記に15%を上乗せ → 合計30% | 上乗せ要件 |
ここでいう賃上げ率は「(雇用者給与等支給額 − 比較雇用者給与等支給額)÷ 比較雇用者給与等支給額」で計算します。まず前年度比+1.5%以上の賃上げで15%控除のスタートラインに乗り、+2.5%以上を達成すると控除率が倍の30%まで引き上がる、という二段構えです。
上乗せ要件(教育訓練費・くるみん/えるぼし)
基本の控除率に、さらに次の2つの上乗せを積み上げられます。
| 上乗せ要件 | 内容 | 加算される控除率 |
|---|---|---|
| 教育訓練費の増加 | 教育訓練費が前年度比+5%以上、かつ教育訓練費が雇用者給与等支給額の0.05%以上 | +10%(2026年3月31日以前に開始した事業年度のみ。以後は廃止) |
| 子育て・女性活躍の認定 | くるみん認定・プラチナくるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)・プラチナえるぼし認定のいずれかを取得 | +5% |
これらを組み合わせると、2026年3月31日以前に開始した事業年度では、賃上げ率+2.5%(30%)+教育訓練費(+10%)+認定取得(+5%)で最大45%でした。2026年4月1日以後に開始する事業年度では、教育訓練費の上乗せがなくなるため、賃上げ率+2.5%(30%)+認定取得(+5%)の最大35%です。
整理すると、現行の最大35%は「給与を前年度比2.5%以上引き上げ、なおかつ子育て支援や女性活躍の国の認定を取得した中小企業」が到達できる水準です。賃上げそのものに加えて、働きやすい職場づくりへの取り組みを国が後押しする設計になっています。
なお、認定(くるみん・えるぼし)はその事業年度終了時までに取得していることが要件です。決算間際の駆け込み取得は難しいため、賃上げ計画とあわせて早めに準備する必要があります。
法人税額20%の上限と5年繰越措置|赤字でも諦めない
賃上げ促進税制を使ううえで、控除率と並んで必ず押さえるべきなのが「控除できる金額の上限」と「使いきれなかった分の繰越」です。ここが令和6年度改正で大きく変わった、中小企業にとって最重要のポイントです。
控除上限は法人税額の20%
控除率を掛けて算出した税額控除限度額は、無制限に差し引けるわけではありません。国税庁の公式情報では、控除できるのは「その事業年度の法人税額の20%相当額」が上限と定められています。
たとえば、計算上の税額控除限度額が200万円でも、その期の法人税額が500万円であれば、控除できるのは20%にあたる100万円までです。残りの100万円はその年には引ききれません。
控除しきれない額は最大5年繰り越せる(令和6年度改正で新設)
この「引ききれなかった控除額」を救済するのが、令和6年度税制改正で新設された繰越控除措置です。これは中小企業向け賃上げ促進税制における前例のない長期措置で、その事業年度の法人税額の20%を超えて控除しきれなかった金額について、翌年度以降5年間の繰越しが認められます。
この措置の狙いは、赤字企業の賃上げ後押しにあります。改正前は、法人税額が出ない赤字の年に賃上げをしても、税額控除を受けるメリットがほとんどありませんでした。5年繰越が新設されたことで、「賃上げした年は赤字でも、黒字化した将来の年度で控除を取り戻せる」道が開かれたのです。
ただし、繰り越した控除額を実際に使う事業年度では、「その事業年度の雇用者給与等支給額が前年度(比較雇用者給与等支給額)を超えていること」が要件になります。つまり、繰越控除を使う年も給与総額が前年度を上回っている(増加している)必要があり、前年度と同額の「維持」では要件を満たさない点に注意してください。一度賃上げしたら終わり、ではなく、賃上げ基調を保つことが繰越活用の条件です。
令和8年度改正で何が変わった?決算期で取り扱いが変わる
賃上げ促進税制は年度ごとに見直されるため、「いつ開始する事業年度か」で適用ルールが変わります。令和8年度税制改正大綱(2025年12月19日に与党決定、12月26日に閣議決定)の内容は改正法で措置され、2026年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税から適用されています。
教育訓練費の上乗せ廃止(2026年4月1日以後開始事業年度から)
国税庁の改正解説では、中小企業向けの措置について「教育訓練費に係る上乗せ措置が廃止されたことを除き、現行制度が維持されています」と整理されています。中小企業の最大控除率は45%から35%へ引き下がりました。
| 事業年度の開始時期 | 教育訓練費の+10%上乗せ | 中小企業の最大控除率 |
|---|---|---|
| 2026年3月31日以前に開始 | 使える | 45% |
| 2026年4月1日以後に開始 | 廃止 | 35% |
たとえば3月決算法人なら、2026年3月期までは最大45%、2026年4月開始の2027年3月期からは最大35%という整理になります。2027年3月期以降は、教育訓練費を増やしても控除率は上がりません。研修投資は税額控除ではなく、人材定着や生産性向上の観点で判断することになります。
維持される部分
一方で、中小企業向け制度の骨格は維持されています。賃上げ率による基本控除率(+1.5%で15%、+2.5%で30%)、くるみん・えるぼし認定による+5%の上乗せ、法人税額20%の控除上限、そして5年間の繰越控除措置は引き続き利用できます。
教育訓練費の上乗せが使えなくなったことで、くるみん・えるぼし認定による+5%が、最大控除率35%を確保するための唯一の上乗せルートになりました。賃上げと認定取得をセットで計画することの意義が、これまで以上に高まっています。
なお、資本金1億円超の企業向けでは、全法人向けの措置が2026年3月31日をもって廃止され、中堅企業向けの措置は賃上げ要件が引き上げられています(継続雇用者給与等支給額+4%以上で10%、+5%以上で15%、+6%以上で25%)。中小企業から規模が大きくなる局面では、適用区分の変化にも注意が必要です。
本記事の令和8年度改正の内容は、国税庁「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」に基づいています。中小企業の節税策全体の優先順位づけについては、中小企業が今すぐ使える法人税の節税対策もあわせてご参照ください。
賃上げ促進税制を使うための実務フロー
賃上げ促進税制を取りこぼさず適用するには、決算期を意識した逆算の準備が欠かせません。リーパル会計事務所が顧問先で実践している進め方を、汎用化して紹介します。
- 決算期と適用期間の確認:自社の事業年度が適用対象期間内か、令和8年度改正の境目(2026年4月開始)をまたぐかを確認します。
- 前年度の給与総額の把握:比較雇用者給与等支給額(前年度の給与総額)を確定し、何%の賃上げで15%・30%のラインに乗るかを試算します。
- 上乗せ要件の取得可否を判断:教育訓練費の増加(2026年3月31日以前に開始した事業年度のみ)、くるみん・えるぼし認定の取得を、期末までに間に合うスケジュールで計画します。
- 控除限度額と20%上限の試算:控除率を掛けた金額と、その期の法人税額の20%を比較し、当期で使いきれるか、繰越が発生するかを見積もります。
- 申告書別表への記載と書類保存:法人税申告書の賃上げ促進税制用の別表で計算・記載し(別表番号は事業年度ごとの国税庁様式で確認)、賃上げ率や教育訓練費の計算根拠資料を保存します。
設備投資による税額控除を併用するケースでは、中小企業投資促進税制との組み合わせで、控除上限の使い方を全体最適で設計することも有効です。複数の税額控除は、それぞれに法人税額に対する上限が設けられているため、どの控除を優先するかで手取りの税負担が変わります。なお、2026年4月1日以後に開始する事業年度から始まった防衛特別法人税は、賃上げ促進税制などの税額控除を適用した後の法人税額をもとに計算するため、税額控除は防衛特別法人税の負担軽減にもつながります(詳しくは防衛特別法人税はいつから?影響額の試算)。
賃上げ促進税制は「給与を上げてから後で気づく」のでは遅く、賃上げの意思決定と同時に税効果まで織り込んでこそ価値が出る制度です。リーパル会計事務所では、freee・マネーフォワードクラウドの給与・会計データから賃上げ率と控除見込み額を試算し、決算期から逆算した適用判断をサポートしています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 賃上げ促進税制は赤字でも使えますか?
A. 賃上げをした事業年度が赤字で法人税額が発生しない場合、その年に控除を受けることはできません。ただし令和6年度改正で5年間の繰越控除措置が新設されたため、控除しきれなかった金額を翌年度以降5年間繰り越し、黒字化した将来の事業年度で控除できます。繰越分を使う年も給与総額が前年度を上回っていることが要件です。
Q2. 中小企業の控除率は最大何%ですか?
A. 2026年3月31日以前に開始する事業年度では、賃上げ率2.5%以上(30%)+教育訓練費の増加(10%)+くるみん・えるぼし認定(5%)で最大45%です。令和8年度改正により、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは教育訓練費の上乗せが廃止され、最大控除率は賃上げ率2.5%以上(30%)+くるみん・えるぼし認定(5%)の35%です。決算期によって取り扱いが変わる点に注意してください。
Q3. 控除には上限がありますか?
A. はい。控除できるのはその事業年度の法人税額の20%相当額が上限です。控除率を掛けた税額控除限度額がこの上限を超えた場合、超えた部分は当期では控除できませんが、5年間の繰越控除の対象になります。
Q4. 「雇用者給与等支給額」には役員報酬も含まれますか?
A. 含まれません。雇用者給与等支給額は、役員およびその親族など特殊関係者を除いた、一般の従業員に対する給与等の支給額が対象です。役員報酬を増やしても賃上げ促進税制の控除対象にはならない点に注意が必要です。
Q5. くるみん・えるぼし認定はいつまでに取得すればよいですか?
A. 上乗せの+5%を受けるには、適用を受ける事業年度の終了の時までに認定を取得している必要があります。認定取得には申請から一定の期間がかかるため、賃上げ計画と並行して早めに準備を進めることをおすすめします。
参考資料
- 国税庁:No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)
- 中小企業庁:中小企業向け「賃上げ促進税制」
- 国税庁:令和8年度 法人税関係法令の改正の概要「賃上げ促進税制の見直し」
賃上げ促進税制は、賃上げという前向きな経営判断を、税負担の軽減という形で後押ししてくれる制度です。一方で、控除率・上乗せ要件・20%上限・5年繰越・令和8年度改正の境目など、押さえるべき論点が多く、決算期によって最適な動き方が変わります。「賃上げしたのに控除を取りこぼした」「上乗せ要件にあと一歩届かなかった」という事態は、事前の試算で十分に防げます。
リーパル会計事務所では、1,100社以上の関与実績をもとに、賃上げ率の試算から控除見込み額の算定、設備投資減税との併用設計まで、決算期から逆算してサポートしています。賃上げを検討されている経営者の方は、意思決定の前に一度ご相談ください。
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監修者: 鳥羽 卓朗(公認会計士・税理士)
リーパル会計事務所 代表。PwCあらた有限責任監査法人出身。1,100社以上の関与実績を持ち、中小企業の法人節税・税務調査対応を専門とする。
最終更新日: 2026年9月29日
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