売上が増え、元請から法人化を打診されると、会社にした方がよいのか迷うものです。結論は、売上だけで決めず、続けて残る利益、社会保険を含む支出、元請との契約条件を並べて判断することです。この記事では、法人化を具体的に検討する場面と、切替前に整理する点を説明します。
この記事は「建設業の税金と決算の連載|一人親方から、経審を受ける会社まで」の第3回です。
売上の大きさより、利益が続けて残るかを見ます
法人化とは、個人で営んでいた事業を、設立した会社へ移すことです。「売上がこの額を超えたら会社にする」という一律の目安では、自分の仕事に合う判断はできません。建設業では、同じ請負金額でも、材料を自分で用意する工事と、主に自分の技術を提供する工事では、残る利益が違うからです。
まず、売上から材料費、外注費、車両や工具の費用などを差し引いた利益を確認します。この段階では、事業主本人の生活費を差し引く前の数字でそろえます。法人化後と比べるときも、社長に支払う役員報酬を差し引く前の利益を出発点にすると、比較のずれを減らせます。
架空の例:同じ売上でも判断が分かれる場面
次は説明のための架空の例です。同じ年間売上の一人親方でも、自分の手間を中心に請け負う方と、材料購入や協力業者への支払いが多い方では、事業に残るお金が異なります。後者が売上だけを見て高い役員報酬を設定すると、工事代金の入金前に資金が足りなくなるおそれがあります。
一方、手元に利益が残っていても、大きな現場が終わった後の受注が未定なら、今の利益が続くとは限りません。受注済みの工事、見込み案件、手直しの予定を分け、売上が減る場合も試算します。個人事業の経費や申告の整理は、建設業の一人親方の確定申告ガイド|経費・外注費・インボイスを税理士が解説で扱っています。
| 比較する点 | 個人で続ける場合 | 法人化する場合 |
|---|---|---|
| 利益と生活費 | 事業の利益と家計への支出を整理する | 役員報酬と会社に残す資金を分けて設計する |
| 社会保険 | 現在の加入制度と雇用状況を確認する | 社長の加入と会社負担を含めて試算する |
| 元請との取引 | 現在の契約条件を確認する | 法人との契約条件と切替手続きを確認する |
| 許可・請求関係 | 現状の名義や登録を整理する | 許可の承継や法人の登録手続きを整理する |
| 判断の材料 | 今の仕事を続けた場合の手元資金 | 増える支出と受注機会を反映した手元資金 |
社会保険は、社長本人の負担と会社負担を合わせます
ここでいう社会保険は、主に健康保険と厚生年金保険です。2026年10月時点では、事業主だけの法人事業所も強制適用の対象です。会社で常勤として働き、役員報酬を受ける社長も、原則として加入を考える必要があります。「従業員を雇うまでは加入しなくてよい」として計画を立てないようにします。適用の基本は、日本年金機構「適用事業所と被保険者」で確認できます。
厚生年金保険料は、給与を一定の幅に区分した「標準報酬月額」や、賞与に対応する「標準賞与額」を基に計算します。事業主と加入者が半分ずつ負担する仕組みです。社長の報酬から差し引かれる本人負担だけでなく、会社が支出する負担分も資金計画に入れます。計算の仕組みは、日本年金機構「厚生年金保険の保険料」に示されています。
比較表を作るなら、現在払っている保険料、法人化後の本人負担、会社負担をそれぞれ記入します。会社負担を役員報酬に加えた額が、会社から出ていく資金の目安になります。加入先や本人の条件による違いもあるため、健康保険を含む実際の見込額で比べることが大切です。現在の健康保険の取扱いは、加入先にも確認します。
無報酬の場合や年齢などで取扱いが分かれるケースは、この基本例と分けて確認します。また、すでに従業員を雇っている個人事業では、現在の社会保険の適用状況も確認が必要です。法人化後の支出をすべて新しい負担として足すと、比較が正しくできません。
税金は、会社と社長を合わせて比べます
個人の所得税は、課税される所得の区分に応じて税率が上がる仕組みです。ただし、ある区分に入ったからといって、売上全体にその税率を掛けるわけではありません。所得税の仕組みは、国税庁「所得税の税率」で確認できます。個人の税率と法人税の税率だけを見比べても、法人化後の手取りは分かりません。
法人化の試算では、会社側の法人税等に加え、役員報酬を受ける社長側の所得税・住民税も見込みます。そのうえで社会保険、設立や会計・申告にかかる費用を反映し、家計に使える額と会社に残せる額を別々に出します。会社に残した資金を、そのまま家計の手取りに足さないことがポイントです。
また、2026年10月時点の制度では、2027年分・2028年分の消費税の納付税額を売上税額の3割とする「3割特例」は、インボイス登録を機に免税事業者から課税事業者となった個人事業者のうち要件を満たす方だけが対象で、法人化後の法人には適用できません。
役員報酬は、毎月の生活費と工事資金から設計します
役員報酬は、会社から社長へ支払う給与です。税務上の費用である「損金」にできるかには要件があります。代表的なものが、1か月以下の一定の期間ごとに同額を支払う「定期同額給与」です。毎月同額にすればどのような金額でも認められるわけではなく、不相当に高額な部分などは損金になりません。
また、単なる一時的な資金繰りや業績目標の未達は、報酬の減額が認められる業績悪化改定事由に含まれません。入金に合わせて報酬を増減する前提を置かず、決めた報酬を支払い続けられるかを検討します。要件は、国税庁「役員に対する給与」に基づいて確認します。
赤字になった場合の支出も見落とせません。たとえば東京都主税局は、都内に事務所等のある法人について、赤字でも法人都民税の均等割が課税されると説明しています。均等割とは、利益に応じる税額とは別に、資本金等の額や従業者数に応じて課される部分です。所在地に応じた見込額を確認します。出典は東京都主税局「法人事業税・法人都民税」です。
元請との契約、建設業許可、インボイスを切り分けます
元請から法人化を求められたときは、その理由を具体化します。新たな工事の契約条件なのか、取引先登録の条件なのか、必要な書類の問題なのかで、準備が変わります。法人化だけで受注額が増えると見込まず、どの案件を、どの条件で受けられるかまで確かめます。
切替前には、請負契約や注文書の名義、取引先登録、請求書、振込先を一覧にします。進行中の工事は誰が契約者として完成・請求するのか、変更にはどのような合意や書類が必要かを元請と確認します。法人設立日だけを決めて、既存工事の入金先や責任の所在が曖昧になることを避けます。
許可を持っている方は、設立前から承継日程を整理します
個人の建設業許可が、会社を作るだけで自動的に移るとは考えないようにします。2026年10月時点では、個人から法人への建設業の全部譲渡も、事業承継の事前認可制度の対象です。承継先が許可要件等を備える必要があります。手続きの方針や日程は、管轄する許可行政庁に確認します。制度の説明は、国土交通省近畿地方整備局「認可申請の手引き」にあります。
経営事項審査(経審)を控える場合も、法人化の予定と手続きの段取りを合わせて検討します。決算書との関係は、経営事項審査と決算書|建設業の決算変更届と評価が変わる科目の付け方で説明しています。
法人化を、消費税の免税と結び付けないことが大切です
インボイスとは、適格請求書のことです。法人化しても、インボイス発行事業者として登録すれば消費税の納税義務は免除されません。また、新設法人でも資本金や他の事業者による支配関係など、条件によって免税にならない場合があります。「設立した会社だから消費税を払わなくてよい」とは判断できません。基本は、国税庁「新規開業又は法人の新規設立のとき」で確認します。
個人と法人の登録番号も別です。国税庁は、法人番号を有する事業者と個人事業者では、登録番号の構成を分けています。個人の番号を法人の請求書に流用せず、法人で登録する場合の申請と登録日を整理します。番号の仕組みは、国税庁「登録番号とは」に示されています。
法人化を決める前のチェックリスト
まずは、直近の申告書、月別の売上・経費、工事ごとの入出金予定、元請との契約書を集めます。通常の受注が続く場合と、受注が減る場合を並べ、次の項目を確認します。
- 材料費・外注費を差し引いた利益が、継続して残る見込みか。
- 必要な生活費と、それを賄う役員報酬の見込額を整理したか。
- 社会保険の本人負担と会社負担を、両方試算に入れたか。
- 税金と毎月の運営費を支払った後も、材料・外注の立替資金が残るか。
- 法人化によって変わる元請の契約条件を、書面などで確認したか。
- 進行中の工事の契約、請求、入金を誰の名義で処理するか整理したか。
- 建設業許可の手続きとインボイスの登録予定を、切替日程に入れたか。
- 車両・工具・借入・リースなどを、会社へどう引き継ぐか一覧にしたか。
検討が進めやすいのは、利益の見通しが立ち、増える支出を賄え、法人として受ける仕事の条件も具体的になっている場合です。反対に、入金待ちが重なる、受注が未定、契約の切替条件が不明という場合は、その点を解消してから設立時期を決める方が計画を立てやすくなります。
法人化後の経理を担当する人も決めておきます。現場ごとの資料をいつ集め、誰が帳簿へ反映するかまで整理すると、設立後の運営費を見積もりやすくなります。法人の経費や工事の期ズレの実務は、建設業(法人)の税務・経費・税務調査対策|工事の期ズレ・外注費を税理士が解説で扱っています。
税理士への依頼を考えるときの関連記事
まとめ
一人親方の法人化は、売上だけでなく、利益が続くかどうかを起点に考えます。会社と社長の税金、社会保険の両方の負担、運営費を反映し、家計と事業それぞれに残る資金を比べましょう。元請の契約条件、建設業許可、インボイスの切替も設立時期に関わります。数字と手続きの見通しがそろえば、自分の事業に合った分かれ目を判断しやすくなります。
よくある質問
Q. 売上が増えたら、すぐ法人化した方がよいですか?
売上だけでは決められません。材料費や外注費を差し引いた利益、今後の受注、法人化後に増える支出を確認します。売上が伸びても手元資金が少ない場合は、工事代金の入金と支払いの予定を先に整理します。
Q. 社長だけの会社でも、社会保険の検討が必要ですか?
必要です。事業主だけの法人事業所も強制適用の対象です。常勤で働き役員報酬を受ける基本例では加入を前提に試算し、無報酬や年齢などで取扱いが分かれる場合は個別に確認します。
Q. 元請から法人化を求められたら、何を先に確認しますか?
必要とされる理由、対象の工事、契約条件、切替予定日を確認します。そのうえで、進行中の工事の扱い、許可の手続き、請求書と登録番号の準備を日程に落とし込みます。受注の見込みと増える支出を合わせて判断することが大切です。
この記事は公認会計士・税理士の鳥羽卓朗が監修しています。
最終更新日: 2026年10月19日
リーパル会計事務所|関与実績1,100社以上・全国オンライン対応
法人成りを検討中の個人事業主の方へ
MF公認・freee認定元国税調査官の知見