親から賃貸アパートを相続し、納税資金のために売るか、家賃収入を残すか迷っていませんか。結論は、相続税の評価額、特例の適用条件、売却後と保有中の手元資金を分けて確認することです。
この記事は「不動産の税金の連載|大家さん・資産管理会社・不動産会社」の第13回です。
相続税評価と売却の手取りは分けて考える
相続税評価額とは、相続税の計算に使う財産の金額です。不動産会社の売却査定額や、売った後に手元へ残る金額とは目的が異なります。本記事は、事業主や会社経営者が個人で直接所有する賃貸不動産を相続した場合を中心に説明します。会社名義の物件について、以下の計算をそのまま個人の相続財産に当てはめないようにしてください。
土地と建物は分けて評価します。土地には、道路ごとの価額を使う「路線価方式」と、固定資産税評価額に所定の倍率を掛ける「倍率方式」があります。路線価方式でも、土地の形状などに応じた補正が必要です。家屋は原則として固定資産税評価額を基にします。賃貸物件は、さらに権利関係に応じた調整を確認します。根拠は国税庁の「土地家屋の評価」です。
賃貸中の分譲マンションの一室では、居住用の区分所有財産に関する補正が必要になる場合もあります。一棟のアパートと同じ前提で概算せず、登記や物件資料で評価対象を整理しましょう。
また、2026年10月時点で公表されている貸付用不動産の評価に関する通達案は、2027年1月1日以後の相続などを対象としています。通達とは、税務上の取扱いなどを示す文書です。案では、課税時期、つまり相続では亡くなった日より前の5年以内に、有償で取得・新築された一定の貸付用不動産を、通常の取引価額に相当する金額で評価する取扱いが示されています。この部分は2026年10月時点で確定前の案の内容です。国税庁の通達一覧とe-Govの公表資料を確認した範囲では、確定版の公表は確認できていません。本記事の基本的な評価方法と混同せず、対象となる相続の時点での取扱いを確認してください。
実務では、物件ごとに「相続税評価」「売却見込額」「借入残高」「年間の収支」を並べると判断しやすくなります。評価額が低くても、修繕や返済のために資金が残らない物件はあります。税務上の評価と賃貸経営の採算を別々に見ることが出発点です。
貸家建付地は土地・建物・賃貸実態を確認する
貸家建付地とは、他人に貸している建物の敷地として使われる宅地です。自用地は、他人の借地権などによる利用制限がない土地を指します。貸家建付地の評価では、自用地としての価額から、賃貸に伴う利用制限を反映した金額を差し引きます。
貸家建付地の価額=自用地としての価額×(1-借地権割合×借家権割合×賃貸割合)
借地権割合は土地を借りる権利、借家権割合は建物を借りる権利を評価に反映する割合です。対象地の割合は国税庁の路線価図・評価倍率表で確認します。賃貸割合は、独立して貸せる各部分の床面積の合計に対し、相続時に貸している部分の床面積が占める割合です。部屋の広さが違う場合に、入居戸数だけで計算しない点が大切です。
次は説明のための架空の例です。自用地としての価額を5,000万円、借地権割合を60%、借家権割合を30%、賃貸割合を100%と仮定します。貸家建付地の価額は、5,000万円×(1-60%×30%×100%)=4,100万円です。割合はこの例の仮定であり、すべての物件に共通する数値ではありません。
建物である貸家も、土地とは別に評価します。固定資産税評価額の資料を用意し、賃貸による権利関係の調整を確認してください。土地と建物の評価額をまとめてから、土地の減額式を当てはめることは避けましょう。
空室は相続前後の経緯を残す
空室があるからといって、すべてを同じ扱いにはできません。継続して貸していた部屋が一時的に空いた場合には、賃貸されていたものとして扱えることがあります。退去後の募集状況、空室期間、別の用途への利用、相続後の賃貸状況などを合わせて判断します。
退去通知、募集を始めた日が分かる資料、管理会社の報告、次の賃貸借契約を時系列で整理してください。長く空いている部屋や所有者が使っていた部屋まで、一律に賃貸中として計算することは避けましょう。計算と空室の判断は、国税庁の「貸家建付地の評価」で確認できます。
小規模宅地等の特例は売却前に要件を確認する
小規模宅地等の特例とは、一定の事業用・居住用の土地について、相続税の計算に含める価額を減らす制度です。貸家建付地の評価とは別の仕組みです。貸家建付地に当たるだけで、この特例も自動で使えるわけではありません。
2026年10月時点では、貸付事業用宅地等の要件を満たすと、限度面積200㎡までの部分について50%の減額を受けられます。相続税額全体が半分になる制度ではなく、対象となる土地の価額を減らす制度です。自宅の土地などと併せて適用する場合には、限度面積の調整も確認します。
亡くなった方の貸付事業を引き継ぐケースでは、相続税の申告期限までに事業を承継し、その期限まで続けることが必要です。土地も申告期限まで保有する必要があります。納税のために期限前に売却すると、保有の要件を満たせなくなるため、売却計画と特例の判定を先にすり合わせましょう。
また、相続開始前3年以内に新たに貸付事業に使い始めた土地は、原則として対象から除かれます。ただし、亡くなった方などが相続開始の日まで3年を超えて継続していた「特定貸付事業」に使われた土地には例外があります。特定貸付事業は、事業と呼ぶ規模に至らない貸付けである「準事業」を除くものです。最近購入したという事情だけで結論を出さず、従来の貸付状況も調べます。
適用には相続税の申告と一定の添付書類が必要です。原則として申告期限までの遺産分割も求められます。特例で納税額が出なくなる見込みでも、申告を省略できるとは限りません。要件と手続きは国税庁の「小規模宅地等の特例」で確認してください。
売却前は取得費と特例の期限を確認する
相続した不動産の売却では、取得費の資料が重要です。取得費とは、売却益の計算で差し引く購入代金などを基に計算する金額です。相続した土地・建物では、亡くなった方が買ったときの購入代金や購入手数料などを基に計算します。相続税評価額に置き換える仕組みではありません。
建物の取得費は、購入・建築代金などから所有期間中の減価償却費相当額を差し引きます。減価償却とは、建物などの取得にかかった費用を使用期間に配分する処理です。購入時の金額だけで計算せず、従来の減価償却の資料も確認します。根拠は国税庁の「取得費となるもの」です。
国税庁の「相続した土地・建物の取得費と取得の時期」では、取得時期も引き継ぐとされています。相続日からだけで所有期間を数えないようにしましょう。まず、購入契約書、建築請負契約書、購入時の精算書、従来の申告資料を探してください。
取得費が分からない場合などには、売却額の5%相当額を取得費とする方法があります。ただし、実際の購入資料を使う場合と税負担が変わるため、書類が見当たらない段階で売却の手取りを決めつけないことが大切です。
相続税の取得費加算には別の期限がある
取得費加算の特例は、一定の相続税額を売却資産の取得費に加える制度です。相続などで取得した人自身に相続税が課税されていることなどが条件です。対象期間は、相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。売却予定日と個別の期限を照合してください。
加算額は売却した財産ごとに計算し、特例適用前の譲渡益、つまり税金計算上の売却益が上限です。支払った相続税の全額を、そのまま売却額から差し引けるわけではありません。適用には一定の書類を添えた確定申告が必要です。詳細は国税庁の「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」に基づいて確認します。
売るか持つかは税引後の資金繰りで比べる
相続税の申告期限は、通常、死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。納税も申告期限までに行い、金銭で一度に納めるのが原則です。2026年10月時点の取扱いは国税庁の「相続税の申告と納税」で確認できます。売却代金を納税に充てる計画なら、資金が入る時期にも注意が必要です。
| 比べる点 | 売却する場合 | 保有を続ける場合 |
|---|---|---|
| 手元資金 | 売却代金から費用・税金・借入返済を見込む | 家賃入金から運営費・税金・返済を見込む |
| 相続税の特例 | 売却時期と保有継続要件を照合する | 事業の承継・継続などの要件を確認する |
| 今後の支出 | 売却までの管理・修繕費を見込む | 空室や設備更新に備える資金を確保する |
| 経営への影響 | 資金の使途と家賃収入がなくなる影響を考える | 管理の手間と本業に使える時間を考える |
次は説明のための架空の例です。事業主が親のアパートを相続し、管理会社から設備更新の見積書を受け取りました。家賃は入っていますが、返済と修繕費を払うと資金に余裕がありません。この場合は、満室時の家賃だけで保有を決めず、空室や修繕が重なった場合の収支と、売却後の手取りを比較します。
一方、修繕計画が整理され、納税資金も別に用意できるなら、保有を続ける案を検討しやすくなります。比較するときは同じ期間を設定し、その間の累計の手元資金と、期末の物件価値・借入残高も並べましょう。見積りの前提が違うままでは、結論がぶれやすくなります。
保有後の申告は、連載の大家・不動産オーナーの確定申告と節税|不動産所得・減価償却・青色申告を税理士が解説で扱っています。資産管理会社の活用を別途検討する場合は、不動産管理会社の設立と節税|3つの方式・管理料の適正額・否認リスクを税理士が解説も参考になります。相続時の評価とは分けて検討してください。
自社・自分の物件で確かめるチェックリスト
- 土地・建物の所有者、契約上の貸主、実際の利用状況を整理したか。
- 固定資産税評価額の資料、登記、図面、賃貸借契約書がそろっているか。
- 空室の退去日・募集開始日・入居日と、各部屋の床面積を確認したか。
- 小規模宅地等の特例の判定と、売却予定時期を照合したか。
- 購入・建築時の資料と、取得費加算の適用条件を確認したか。
- 納税資金、借入返済、修繕費を含めた資金繰りを比較したか。
相続した後の家賃の確定申告(遺産分割前の家賃の分け方や、亡くなった方の準確定申告)は、大家さんの連載の「相続した賃貸物件の確定申告|遺産分割前の家賃の分け方と、亡くなった方の準確定申告」で扱います。
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まとめ
相続した賃貸不動産は、土地・建物の評価と賃貸実態の確認から始めます。貸家建付地の評価と小規模宅地等の特例は、別々に要件を判定してください。売却では、取得費の資料と特例の期限を整理することが重要です。売るか持つかは、納税資金と将来の修繕・返済を含む手元資金で比較しましょう。
よくある質問
Q. 相続した日に空室があると、貸家建付地の評価は使えませんか。
空室部分について一時的な空室と認められれば、賃貸されていたものとして扱えることがあります。募集の有無だけで判断せず、従来の賃貸状況や空室期間、相続後の利用も確認します。
Q. 小規模宅地等の特例で税額が出なければ、申告は不要ですか。
この特例を使うには、相続税の申告と一定の書類の添付が必要です。特例適用後の税額だけで申告の要否を判断しないようにしてください。
Q. 相続税評価額を、売却時の取得費にできますか。
相続税評価額へ置き換えることはできません。亡くなった方の購入代金などを基に取得費を計算し、条件を満たす場合には相続税の取得費加算を別途検討します。
この記事は公認会計士・税理士の鳥羽卓朗が監修しています。
最終更新日: 2026年10月19日
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