人材派遣事業を始めるうえで最大のハードルは、労働者派遣事業の許可に課された「基準資産額2,000万円以上・自己名義の現預金1,500万円以上」という財産的基礎の要件です。他業種の起業と違い、資金が用意できていなければ、事業計画がどれだけ優れていても許可は下りません。
しかも許可の審査には最短でも3か月、書類の補正を含めると3〜5か月かかります。資本金をいくらにするかという設立時の判断が、そのまま許可の可否と、設立後の消費税・法人住民税の負担に直結します。
本記事では、2026年時点の制度にもとづき、労働者派遣事業の許可要件、設立から事業開始までにかかる費用と期間、そして税理士の立場から見た資本構成の考え方までを整理して解説します。
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人材派遣業の仕組みと、いま許可制に統一されている理由

人材派遣業(労働者派遣事業)は、雇用主である「派遣元」、指揮命令を行う「派遣先」、実際に業務に従事する「派遣労働者」の三者で成り立つビジネスモデルです。派遣労働者は派遣元と雇用契約を結びますが、日々の業務指示は派遣先から受けるという特殊な構造を持ちます。
かつては、常時雇用する労働者のみを派遣する「特定労働者派遣事業」が届出制で認められていました。しかし2015年の労働者派遣法改正でこの区分は廃止され、経過措置も2018年9月29日に終了しています。2026年現在、労働者派遣事業はすべて厚生労働大臣の許可制に一本化されており、届出だけで始められる派遣事業は存在しません。
ネット上には経過措置期間中の情報が残っていることがありますが、現在は「小規模だから届出でよい」という選択肢はない、という点を出発点にしてください。
労働者派遣会社の許可要件
許可は、資産・人・場所という3つの軸で「実体のある運営体制があるか」を審査されます。
資産要件(財産的基礎)
もっとも高いハードルが財産的基礎です。原則として、1事業所あたり以下の3つを同時に満たす必要があります。
| 要件 | 原則 | 小規模派遣元事業主の暫定的な配慮措置 |
|---|---|---|
| 基準資産額 | 2,000万円以上 | 1,000万円以上 |
| 自己名義の現金・預金 | 1,500万円以上 | 800万円以上 |
| 基準資産額と負債の比率 | 負債総額の7分の1以上 | 負債総額の7分の1以上 |
配慮措置の対象になるのは、(1)事業所が1か所のみで、(2)常時雇用する派遣労働者が10人以下の中小企業事業主です。この条件を満たす限り、次回の更新時も引き続き配慮措置を受けられます。ただし常時雇用する派遣労働者が11人以上になった時点で原則の2,000万円基準に戻るため、成長を見込むなら最初から原則基準で資金計画を立てるほうが安全です。
なお、複数の事業所を設ける場合、金額は事業所数を乗じた額になります。2事業所なら基準資産額4,000万円・現預金3,000万円です。
基準資産額の計算と、役員借入金の落とし穴
基準資産額は、貸借対照表上の資産総額から、繰延資産(創立費・開業費等)と営業権(のれん)、そして負債総額を差し引いた実質的な純資産です。
基準資産額 = 資産の部合計 −(繰延資産 + 営業権)− 負債の部合計
実務でつまずきやすいのが役員借入金の扱いです。経営者個人が会社に貸し付けたお金は、たとえ返済を求めるつもりがなくても会計上は負債に計上されるため、基準資産額を押し下げます。「社長の個人資産から2,000万円を会社に入れたのに要件を満たさない」というケースは、この形で資金を入れたときに起こります。
不足する場合は、債務免除(債務免除益に法人税が課される点に注意)や、役員借入金の資本金への振替(デット・エクイティ・スワップ)といった処理が考えられます。いずれも税務上の影響を伴うため、実行前に顧問税理士へ相談してください。
派遣元責任者の選任
派遣労働者100人につき1名以上の「派遣元責任者」を選任する必要があります。選任されるには、欠格事由に該当しないことに加えて、次の2つを満たさなければなりません。
- 3年以上の雇用管理経験(人事・労務管理などの実務経験)があること
- 許可申請の受理日前3年以内に「派遣元責任者講習」を受講していること
講習は定期的に開催されていますが、地域によっては満席になることがあります。設立準備のもっとも早い段階で予約を押さえてください。
役員・責任者の欠格事由
役員や派遣元責任者が、過去5年以内に労働関係法令違反で罰金刑を受けている場合や、破産手続開始の決定を受けて復権していない場合などは、許可を受けられません。役員全員について確認が必要です。
事業所の独立性
事業所にはおおむね20平方メートル以上の面積が求められますが、実務上は面積よりも「独立性」が厳しく見られます。他法人とフロアを共有する場合や自宅を事務所にする場合は、入口が分離されているか、物理的な仕切りで区分されているかが確認されます。
あわせて、個人情報保護のための鍵付きキャビネットの設置、プライバシーを確保できる相談スペースの整備も、実地調査でチェックされる重要なポイントです。
教育訓練とキャリア形成支援制度
許可申請では、派遣労働者に対する「段階的かつ体系的な教育訓練計画」の提出が義務づけられています。この訓練はすべての派遣労働者を対象とし、有給かつ無償(受講時間は労働時間として扱う)で実施しなければなりません。
とくにフルタイムで働く派遣労働者に対しては、雇入れから最初の3年間、毎年8時間以上の教育訓練を提供し、キャリアコンサルティングの相談窓口を設けることが必須条件です。計画は形式的なものでは足りず、実施記録の保存まで含めて運用できる設計にしておく必要があります。
参考:労働者派遣事業|厚生労働省
設立と許可申請にかかる費用
費用は「法人設立にかかる法定費用」と「許可申請にかかる費用」に分かれます。
法人の設立登記費用
| 項目 | 株式会社 | 合同会社 |
|---|---|---|
| 定款認証手数料 | 1.5万〜5万円 | 不要(0円) |
| 定款の収入印紙代 | 4万円(電子定款なら0円) | 4万円(電子定款なら0円) |
| 登録免許税 | 15万円または資本金の0.7%の高い方 | 6万円または資本金の0.7%の高い方 |
| 登記事項証明書・印鑑証明書等 | 数千円 | 数千円 |
| 合計の目安 | 約18万〜25万円 | 約10万円 |
株式会社の定款認証手数料は、2024年12月1日の公証人手数料令改正により区分が変わりました。資本金100万円未満で、(1)発起人が全員自然人かつ3人以下、(2)発起人が設立時発行株式の全部を引き受ける旨の定めがある、(3)取締役会を置かない、という条件をすべて満たす場合は1万5,000円です。この条件を満たさない場合は、資本金100万円未満で3万円、100万円以上300万円未満で4万円、300万円以上で5万円となります。
ただし派遣業では資産要件があるため、資本金100万円未満で設立する選択肢は現実的でない場合がほとんどです。実務上は資本金300万円以上の5万円区分に該当するケースが多いと考えてください。
参考:会社の定款手数料の改定|日本公証人連合会
設立費用全体の内訳は会社設立の費用総額はいくら?株式会社・合同会社別に完全解説で詳しく整理しています。どちらの形態を選ぶかの判断軸は株式会社と合同会社の違いを徹底比較をご参照ください。派遣業界では、派遣先との取引上の信用を重視して株式会社を選ぶ経営者が多い傾向にあります。
許可申請にかかる費用
会社を設立したら、管轄の都道府県労働局へ許可申請を行います。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 登録免許税 | 9万円 |
| 許可手数料(収入印紙) | 12万円(2事業所目以降は1事業所につき5.5万円加算) |
これらは申請が不許可となった場合でも返金されません。要件を満たしているかを事前に確認したうえで申請してください。加えて、資産要件を証明するために公認会計士等による監査証明または「合意された手続」の実施報告書が必要になる場合があり、その報酬が別途発生します。
資本金をいくらにするか——税務から見た判断軸
資産要件を満たしつつ、設立後の税負担を抑えるには、資本金の額そのものを慎重に決める必要があります。
資本金1,000万円未満にすると何が変わるか
資本金の額が1,000万円未満であれば、次の2つのメリットがあります。
- 消費税:設立1期目は基準期間がないため、原則として納税義務が免除されます
- 法人住民税の均等割:資本金等の額が1,000万円以下かつ従業者数50人以下の区分となり、均等割の負担が最小区分(東京都特別区で年7万円)になります
そこで、2,000万円を用意できる場合に、資本金900万円・資本準備金1,100万円といった配分にする方法が知られています。純資産は2,000万円のまま基準資産額の要件を満たしつつ、登記上の資本金は1,000万円未満に収まるという考え方です。
ただし派遣業では消費税の免税メリットは期待しにくい
ここは注意が必要です。上記の「1期目・2期目が消費税免税になる」という説明は、2026年時点の派遣業ではそのまま当てはまらないことがほとんどです。理由は2つあります。
第一に、インボイス制度の影響です。適格請求書発行事業者の登録を受けると、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であっても納税義務は免除されません。派遣業の取引先は課税事業者である法人がほとんどで、仕入税額控除ができない派遣元は選ばれにくいため、実質的にインボイス登録は避けられません。登録した時点で免税のメリットは消えます。
第二に、特定期間の判定です。設立1期目の上半期(特定期間)の課税売上高が1,000万円を超えると2期目から課税事業者になりますが、この判定は給与等支払額の合計額で行うこともできます。派遣業は売上の大半が人件費に対応する労働集約型のビジネスであり、上半期の給与等支払額が1,000万円を超えるのは珍しくありません。
つまり、派遣業における資本金1,000万円未満の実益は、主に法人住民税均等割の軽減と、対外的な資本政策の柔軟性にあると理解しておくのが実態に即しています。消費税の免税を前提にした資金計画を立てると、初年度から見込み違いが生じます。
参考:国税庁 No.6501 納税義務の免除 / 国税庁 No.6503 基準期間がない法人の納税義務の免除の特例
資本金の決め方については会社設立時の資本金の決め方|消費税・信用・融資から考える最適解、免税期間の詳細は法人成りで消費税が免税になる期間と条件もあわせてご確認ください。
派遣が禁止されている業務と違法派遣のリスク
以下の業務には、いかなる理由があっても労働者を派遣できません。
- 港湾運送業務
- 建設業務
- 警備業務
- 医療関連業務(紹介予定派遣や産前産後休業の代替要員など一部例外あり)
禁止業務へ派遣した場合や、無許可で事業を行った場合は「労働契約申込みみなし制度」の対象となります。これは、派遣先企業がその派遣労働者に対して直接雇用の申込みをしたものとみなされる制度です。派遣先に多大な負担を強いることになり、損害賠償請求や取引停止、許可の取消しに直結します。
また、実態は派遣(派遣先が現場で直接指示している)であるにもかかわらず、契約形式だけを請負にする「偽装請負」も厳しく監視されています。指揮命令権が誰にあるのかを契約書と運用の両面で明確にしてください。
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会社設立から事業開始までの4ステップ

許可取得までは最短で3か月、書類の補正期間を含めると通常3〜5か月です。事業開始予定日から逆算してスケジュールを組んでください。
ステップ1:派遣元責任者講習の受講
許可申請の前提条件です。受理日前3年以内の受講証明書が必要になるため、真っ先に予約します。
ステップ2:法人の設立登記
定款の事業目的に「労働者派遣事業」を明記します。資本金の払込みは、株式会社なら定款認証日の後、合同会社なら定款作成日の後に行う必要があります。順序を誤ると払込みをやり直すことになるため注意してください。
ステップ3:労働局への許可申請
事業開始予定時期の2〜3か月前までに、履歴書・講習受講証明書・貸借対照表・事務所の使用権を証明する書類などを揃えて管轄の労働局へ提出します。提出後、書類審査と事業所への実地調査が行われます。
ステップ4:許可取得と事業開始
審査を通過すると許可証が交付されます。許可の有効期間は、新規取得時が3年、その後の更新は5年です。更新申請は有効期間満了のおおむね3か月前までに行います。
設立後に必要な税務・労務の手続き
許可を得たあとも、継続的な義務が課されます。会社設立直後の手続き全般は会社設立後にやることリストにまとめています。
税務署・自治体への届出
法人設立届出書の提出は必須です。あわせて「青色申告承認申請書」を設立から3か月以内(または最初の事業年度終了日のいずれか早い日の前日まで)に提出しないと、初年度から欠損金の繰越控除などの特典が使えなくなります。提出方法は青色申告承認申請書の書き方をご覧ください。
社会保険・労働保険の加入
役員報酬を支払うなら、社長1人の会社でも社会保険への加入は必須です。派遣元事業主は派遣スタッフについても適切に加入手続きを行う義務があり、派遣の開始時や変更時には社会保険等の加入状況を派遣先へ通知しなければなりません。
毎年の報告義務と情報公開
| 提出書類 | 期限 |
|---|---|
| 労働者派遣事業報告書 | 毎年6月30日まで |
| 収支決算書・関係派遣先派遣割合報告書 | 毎事業年度経過後3か月以内 |
これらは派遣実績がゼロでも提出が必要で、怠ると許可更新に影響します。
さらに派遣元事業主は、原則としてインターネット等での情報公開が義務づけられています。公開項目はマージン率だけでなく、派遣労働者数・派遣先数、平均的な派遣料金と賃金額、教育訓練の内容(キャリア形成支援制度)、労使協定の締結の有無と有効期間の終期などを含みます。
参考:派遣会社のマージン率等について|厚生労働省
よくある質問
Q1. 自己資金が2,000万円ないと派遣会社は設立できませんか?
A. 会社の設立自体は資本金1円でも可能ですが、労働者派遣事業の許可は取得できません。許可には基準資産額2,000万円以上・現預金1,500万円以上が必要だからです。事業所1か所・常時雇用する派遣労働者10人以下の中小企業事業主であれば、暫定的な配慮措置により1,000万円・800万円に緩和されます。まずはこの配慮措置の対象になれるかを検討するのが現実的です。
Q2. 役員借入金で資金を入れても資産要件を満たせますか?
A. 満たせません。役員借入金は会計上の負債となるため、基準資産額の計算では差し引かれます。資本金や資本準備金として払い込む、もしくは既存の借入金を資本に振り替えるといった処理が必要です。債務免除や資本振替には法人税や登録免許税の影響があるため、実行前に税理士へご相談ください。
Q3. 許可が下りるまでどのくらいかかりますか?
A. 申請から許可まで最短で3か月程度、書類の補正が入ると3〜5か月が一般的です。加えて、派遣元責任者講習の受講予約や監査証明の取得にも時間がかかります。事業開始予定日の半年前から準備を始めると余裕を持って進められます。
Q4. 資本金を1,000万円未満にすれば消費税は2年間かかりませんか?
A. 2026年時点の派遣業では、そのようにはならないケースがほとんどです。適格請求書発行事業者(インボイス)の登録を受けると、売上規模にかかわらず納税義務は免除されません。また、設立1期目上半期の給与等支払額が1,000万円を超えると2期目から課税事業者になります。派遣業は人件費の比率が高いため、この基準に達しやすい構造です。免税を前提にした資金計画は避けてください。
Q5. 許可を取得したあとに事業所を増やす場合はどうなりますか?
A. 事業所の新設には変更届出が必要で、資産要件も事業所数を乗じた額に引き上がります。2事業所なら基準資産額4,000万円・現預金3,000万円です。許可手数料も1事業所につき5.5万円が加算されます。拠点展開を計画している場合は、その時点の純資産で要件を満たせるかを事前に試算しておく必要があります。
参考資料
- 派遣会社のマージン率等について|厚生労働省
- 労働者派遣事業|厚生労働省
- 労働者派遣事業を適正に実施するために-許可・更新等手続マニュアル-|厚生労働省
- 派遣元責任者講習|厚生労働省
- 会社の定款手数料の改定|日本公証人連合会
- 国税庁 No.6501 納税義務の免除
- 国税庁 No.6503 基準期間がない法人の納税義務の免除の特例
人材派遣会社の設立は、資産要件という明確な壁がある一方で、要件そのものは公開されており、準備の順序さえ間違えなければ計画的に到達できます。重要なのは、資本金の額を「許可要件」と「設立後の税負担」の両面から同時に設計することです。設立後に資本金を変更するには手間もコストもかかります。
リーパル会計事務所では、1,100社以上の関与実績とクラウド会計導入支援の知見をもとに、許可要件を満たす資本構成の設計から、設立後の税務・労務の体制づくりまでを一貫してご支援しています。
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監修者: 鳥羽 卓朗(公認会計士・税理士)
リーパル会計事務所 代表。PwCあらた有限責任監査法人出身。1,100社以上の関与実績を持ち、中小企業の税務顧問とクラウド会計導入支援を専門とする。
最終更新日: 2026年7月28日
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