人材派遣事業の立ち上げを検討する際、最も高いハードルとなるのが「労働者派遣事業」の許可取得です。他業種の起業とは異なり、派遣業には「基準資産額2,000万円以上」といった非常に厳格な財務基準が設けられています。
この許可制度は、派遣スタッフの雇用を守るための重要なセーフティネットですが、事前の戦略的な準備がなければ審査を通過することは困難です。
本記事では、専門家の視点から派遣会社設立に必要な要件、具体的な費用、そして事業開始までの手順を実務に即して客観的に解説します。
人材派遣業の仕組みと概要

人材派遣業(労働者派遣事業)は、雇用主である「派遣元」、指揮命令を行う「派遣先」、そして実際に業務に従事する「派遣労働者」の三者間で成り立つビジネスモデルです。
派遣労働者は派遣元となる会社と雇用契約を結びますが、実務上の指示は派遣先から受けるという特殊な構造を持っています。この仕組みにおいて労働者の権利を適切に保護するため、2015年の法改正によって届出制であった特定労働者派遣事業は廃止されました。
現在はすべての派遣事業が、厚生労働大臣の許可を必要とする許可制に統一されています 。そのため、事業を開始するには、法律で定められた厳格な基準をすべて満たさなければなりません。
人材派遣会社設立の許可要件
派遣業の許可を得るには、資産・人・場所という3つの軸で、実体のある運営体制を整える必要があります。
資産要件
最も重要なのが財産的基礎と呼ばれる財務的な健全性です。原則として、1事業所あたり以下の3つの条件を同時に満たしている必要があります。
- 基準資産額が2,000万円以上であること
- 自己名義の現預金が1,500万円以上であること
- 基準資産額が、負債の総額の7分の1以上であること
これらの基準は、景気変動などで派遣先との契約が終了した場合でも、派遣労働者への給与支払いを継続できる資金力を証明するためのものです。
とくに負債比率に関する要件は、資産があっても多額の負債を抱えている場合に許可が制限されるため、事前の財務チェックが欠かせません。
基準資産額の計算方法
基準資産額とは、貸借対照表上の資産総額から、繰延資産(創立費や開業費等)や営業権(のれん)、および負債総額を差し引いた実質的な純資産を指します。計算式は以下の通りです。
ここで注意すべきは役員借入金の扱いです。
経営者個人から会社への貸付金であっても、会計上は負債に計上されるため、基準資産額を押し下げる要因となります。もし資産要件の2,000万円に不足する場合は、債務免除を行うか、現物出資による増資などの会計的処理を行い、負債を減らして基準資産額を確保する戦略が求められます。
小規模事業者向けの緩和措置
一定の条件を満たす小規模な派遣元事業主については、資産要件を大幅に引き下げる緩和措置が設けられています。
- 1つの事業所のみを有していること
- 常時雇用する派遣労働者が10人以下であること
この条件に該当する場合、基準資産額は1,000万円以上、自己名義の現預金は800万円以上に緩和されます。
派遣元責任者の選任
派遣事業を行うにあたっては、派遣労働者100人に対し1名以上の「派遣元責任者」を選任しなければなりません。
選任されるためには、欠格事由に該当しないことに加え、3年以上の雇用管理経験(人事や労務管理など)があり、かつ申請前3年以内に派遣元責任者講習を受講していることが必須条件です。
派遣元責任者講習の日程や講習機関については以下をご確認ください。
参考:派遣元責任者講習 厚生労働省|厚生労働省
参考:厚生労働省「派遣元責任者講習の日程及び講習機関等について」
役員・責任者の欠格事由
許可を受けるためには、役員や派遣元責任者が「人的な要件」を満たしている必要があります。具体的には、過去5年以内に労働基準法などの労働関係法令違反で罰金刑を受けていたり、破産者であったりする場合は、許可を受けることができません。
事業所の独立性と構造
事業所にはおおむね20㎡以上の面積が必要ですが、実務上はそれ以上に「独立性」が厳しくチェックされます。
たとえば、他法人とフロアを共有している場合や自宅を事務所にする場合、入り口が完全に分離されているか、物理的な仕切りによって他と区分されている必要があります。また、個人情報の漏洩を防ぐための鍵付きキャビネットの設置や、プライバシーを確保できる相談ブースの整備も、許可申請時の実地調査で確認される重要なポイントです。
教育訓練とキャリア形成支援
許可申請時には、派遣労働者に対する「段階的かつ体系的な教育訓練計画」の提出が義務付けられています。この訓練はすべての人を対象とし、有給かつ無償(受講時間は労働時間扱い)で実施しなければなりません。
とくにフルタイムで働く労働者に対しては、最初の3年間は毎年8時間以上の教育訓練を提供し、キャリアコンサルティングの相談窓口を設けることが許可の必須条件となります。
会社設立と許可申請にかかる費用
設立にかかるコストは、法的に決まっている法定費用と、事業を維持するための戦略的な資金に分かれます。
法人の設立登記費用
人材派遣業を始める際、株式会社と合同会社のどちらを選ぶかによって設立にかかる法定費用が変わります。
- 株式会社:公証役場での定款認証手数料(3万〜5万円)や登録免許税(最低15万円〜)などで、約20万円〜25万円の実費が必要
- 合同会社:定款の認証手続きが不要なため認証手数料がかかりません。登録免許税も最低6万円〜となっており、合計で10万円前後から設立が可能
どちらの形態を選んでも、電子定款を活用すれば、紙の定款作成にかかる4万円の収入印紙代を0円に節約できます。コスト面では合同会社が有利ですが、派遣業界では取引先との信頼関係を重視して株式会社を選択する経営者が多い傾向にあります。
許可申請の登録免許税と手数料
会社が設立できたら、次に労働局へ許可申請を行います。この際、以下の費用が別途発生します。
登録免許税:9万円
許可手数料(収入印紙):12万円 ※2事業所目以降は1事業所につき5.5万円加算
これらは申請が受理されなかった場合でも返金されないリスクがあるため、事前に要件をチェックしましょう。
【戦略】資本構成の最適化
資産要件2,000万円をクリアしつつ、節税メリットを最大化する手法として、出資金の半分を資本準備金として積み立てる方法があります 。
たとえば、2,000万円の資金がある場合、資本金を900万円、資本準備金を1,100万円に設定します 。これにより、登記上の資本金は1,000万円未満となるため、設立1期目・2期目の消費税免除や法人住民税(均等割)の減額といったメリットを享受しながら、派遣業の資産要件も同時に満たすことが可能になるのです 。
事業運営で注意すべき禁止業務とリスク
派遣業には、法律で厳格に禁じられた業務が存在します。これに違反すると、会社としての存続が危ぶまれる重大なリスクを背負うことになります。
派遣が禁止されている業務
以下の業務には、いかなる理由があっても労働者を派遣することはできません。
- 港湾運送業務
- 建設業務
- 警備業務
- 医療関連業務(一部、紹介予定派遣や代替要員などの例外あり)
違法派遣と「みなし制度」のリスク
もし禁止業務へ派遣したり、無許可の状態で事業を行ったりすると、「労働契約申込みみなし制度」の対象となります。
これは、派遣先企業がその労働者に対して直接雇用の申し込みをしたと法律上みなされる制度です。派遣先企業に多大な負担を強いることになり、損害賠償や取引停止、さらには許可取り消しに直結する重大な違反となります。
偽装請負の防止
実態は派遣(現場への直接指示がある)であるのに、形式上は請負として契約を結ぶ偽装請負も厳しく監視されています。指揮命令権が誰にあるのかを明確にし、契約実態を正しく把握しておくことが、健全な事業運営には不可欠です。
会社設立から事業開始までの4つの手順

許可取得までには最短でも3ヶ月、書類の不備等による訂正期間を含めると通常3〜5ヶ月程度の期間が必要です。事業開始予定時期から逆算したスケジュール管理を行いましょう。
ステップ1:派遣元責任者講習の受講
許可申請の前提条件であり、許可申請の受理日前3年以内に受講した受講証明書が必要です。講習は定期的に開催されていますが、地域によっては満席になることもあるため、真っ先に予約を済ませましょう。
ステップ2:法人の設立登記
定款の事業目的に「労働者派遣事業」を含める必要があります。
このとき注意したいのが、資本金の払い込みタイミングです。株式会社の場合は定款認証日の後、合同会社の場合は定款作成日の後に払い込みを行う必要があります。
ステップ3:労働局への許可申請
事業開始予定時期の2〜3ヶ月前までに、履歴書や講習受講証明書、貸借対照表、事務所の使用権を証明する書類などを用意して管轄の労働局へ提出します。提出後、労働局による書類審査と事務所への実地調査が行われます。
ステップ4:許可取得と事業開始
無事に審査を通過すれば、免許証が交付されます。許可の有効期間は、新規取得時は3年、その後の更新後は5年となります。
設立後に必要な税務・労務の手続き
会社を設立し、許可を得た後も、経営者には法的な継続義務が課せられます。
税務署・自治体への届出
「青色申告承認申請書」は、設立から3ヶ月以内に提出しなければ、初年度の節税メリット(赤字の繰り越し等)を受けられなくなります 。忘れずに提出しましょう。また、法人設立届出書の提出も必須です 。
社会保険・労働保険の加入
社長一人の会社であっても、役員報酬を支払うなら社会保険への加入は必須です。派遣元事業主は派遣スタッフに対しても適切な加入手続きを行う義務があり、派遣の開始時(または変更時)には、社会保険等の加入状況を派遣先へ通知しなければなりません。
毎年の報告義務と情報公開
派遣会社は、派遣実績の有無にかかわらず、以下の書類を定期的に労働局へ提出しなければなりません。
- 労働者派遣事業報告書:毎年6月30日までの提出
- 収支決算書・関係派遣先割合報告書:毎事業年度経過後3か月以内の提出
これらの報告は派遣実績がゼロであっても提出が必要であり、怠ると許可の更新に影響を及ぼす可能性があるため、期日の管理を徹底しましょう。
また、派遣元事業主は原則としてインターネット等で情報を常時公開する義務があります。
公開すべき項目は、単なる手数料率(マージン率)だけでなく、派遣労働者数・派遣先数、平均的な派遣料金・賃金額、教育訓練の内容(キャリア形成支援制度)、労使協定の締結有無(有効期間の終期等)なども含まれます。
まとめ
人材派遣会社の設立は、資産の壁や複雑な許可要件があり、容易なものではありません。しかし、資産要件を戦略的にクリアする資本設計や、教育訓練体制の早期構築を行うことで、健全な立ち上げは十分に可能です。
リーパル会計事務所では、こうした戦略的な会社設立と、その後のITを駆使した財務・事務管理を強みとしています 。自身の状況で許可が下りるか不安がある場合や、節税を考慮した最短での立ち上げを目指す場合には、専門家の知見を活用した攻めの財務戦略が大きな助けとなります。ぜひ一度、私たちの無料相談をご活用ください。あなたの挑戦を、攻めの財務戦略でバックアップします。
